お侍様 小劇場
 extra 〜寵猫抄より

   “夏…


      



立秋とは名ばかりで、
今日も今日とて、昼を盛りに気温も上がり、
それは強い陽射しがブロック塀や石垣へ白く反射して目映いくらい。
そんな中を出掛けることとなり、
車を出そうか、いえそれほどの距離でもありますまいと、
気丈に応じた七郎次。
確かに、勘兵衛と同じ道場で武道も修めた身。
やっとうの心得は大したものだし、胆力もあり、
金の髪に色白な肌の、どこか淡彩な印象がする見かけによらず、
これでも頼もしい偉丈夫じゃああったけれど。
寒さには随分と強い耐性があるのと相殺なのか、
門を出て、すぐにも降りかかって来た強い陽射しの下では、
たちまち細い眉を寄せてしまうものだから。

 “やれやれ、本当に大丈夫なのだろか。”

言い張る意気地は買ってやるとして、
だがだが無理はさせるまいと、
まずはの帽子をぽんと頭に乗せてやる勘兵衛で。
その一瞬、むっともおっとも解釈出来そうな
微妙な表情になった秘書殿じゃああったけれど、
いちいちごねても始まらぬと、思い直したらしい苦笑を一つ、
形のいい口許へと浮かべてのそれから。
さあさ、急いで向かいましょうと、
晴れやかに微笑って隣町までを歩きだす。
この界隈も、お庭へ緑を抱えた結構なお屋敷の集まる閑静な土地だが、
JRの線路の向こうはそこより山の手、歴史も備わっての屋敷町。
古式ゆかしき風雅な様式の家々や、
ちょっとした史書に出て来そうな名だたる旧家の邸宅が、
なのに普通の当たり前に、生活の場として使われており。
その中にあっても存在感のある、重厚な武家屋敷風のお宅の前庭へ、
自前の蔵を改造したものか、呉服屋のお店を構えておいでのご婦人があって。
飼い猫同士が仲よくなったのを切っ掛けに、
和装はそちらで見繕うようになった間柄。
そこの主人に、今年の夏宵のお祭り用、七郎次の浴衣を見立ててもらおうと、
仲良くお出掛けと相なった、勘兵衛と七郎次の二人だったが。
お散歩の帰りにちょっと覗くという程度の、ご挨拶だけならいざ知らず、
そのような用向きでの訪問に、猫を連れて行くというのもおかしなもの。
おちびさんたちが二人揃って昼寝の最中だったこともあり、
言い聞かせてこそないけれど、お留守番にと置いての外出と運んだわけで。

 「…ああでも、大丈夫でしょうか。」
 「何がだ。」
 「目が覚めたらお腹が空きませんかね?」

いつもおやつに付き合ってもらってて、
今日はスフレタイプのチーズケーキを食べる予定だったんですよね、
ああいえ、これだよと見せてまではなかったんですけれども、と。
神妙なお顔になるところが、

 「……。」

勘兵衛を内心にて斜めにコケさせたのは言うまでもなかった、
何ともあっぱれなおっ母様ぶりで。(笑)
そんな仔猫さんたち…いやさ七郎次が案じた、お留守番の童べ二人はと言えば、

 《 ……。》

こちらは小さな総身をなお丸めて くうくう眠っていた黒猫さんが、
まずはと金の鈴のような双眸を開いたようで。
そろりと身を起こすと小さなお鼻を宙に立て、
何を感じるか くんすんと気配を嗅いでおれば。
その傍らで、そちらさんは体がいかに柔らかいかを主張していたものか。
無邪気にもお腹を上へ向けての真横へうにゃりと、
小さな総身を横方向に丸めて寝ていたメインクーンさんが。
天真爛漫を絵に描いたような寝相のまんま、
紅色の瞳が据わった双眸を、ゆっくりうっすらと開けて見せ。
何かに気づいたのはクロの方で、彼には感知の外だったかと思いきや。
ゆるゆる開かれた眸が、何度かの瞬きでくっきりと見開かれたと同時、
そこにはもはや仔猫の姿はなく。
膝を折ってのうずくまっていたのは、
すらりとした痩躯に七彩の絽の小袖と厚絹の導衣を重ね着た、
金の髪を頭へいただく、冴えた表情の青年で。

 《 久蔵殿。》

小さなクロの掛けた声へ、
目元だけはまだ眠っているものか、
うっそりとした視線を振り向けて来たものの、

 《 そう遠くではない。》

そうと短く応じたは、
短いからこそ確信を凝縮させたそれ、
しかもそうやすやすとは引かぬだろう、
堅い意志の結実を感じさせる一言であり。

 《 追うのか?》
 《 ……。(頷)》

そも、何かの気配を拾ったのは彼の方が先。
小さな仔猫の久蔵ちゃんは、家人の二人には小さな和子の姿に見えていて。
それだけでも十分に不思議なことだというに、
実は実は、もう1つの大きな秘密も抱えておいで。
生きものは皆、殻器に魂と生気を封じている陽世界に迷い出て、
触れられぬはずの生気ごと命まで削るよな格好で、
はたまたその存在を丸ごと乗っ取る大胆さで、
人へと仇を為す邪妖蟲妖、片っ端から狩って封じることをお役目とする、
月夜見の使者、大妖狩りの陰の者。
月光に青く濡れそぼる、細い刀身の大太刀二振り、
双手へ掴んでの風のように駆け抜ければ、
どんな物怪でも瞬殺出来るほどの辣腕の者なれど。
とはいえ、彼は日中の自身へ封印を掛けているため、
よほどの相手でない限り、何の手も打てぬままになるのも仕方がなくて。
人が自然の精気を畏れも信じもせぬような現今の時勢では、
アスファルトに覆われた町のただ中になんて、
そうそう大きな存在も現れやしない筈…が。
よほどに魅惑的なそれなのか、
当家の家人の生気を狙う善からぬものが たびたび出來。
目に余るのだけでもと摘み取っていた、彼の出入りが刺激となったか、
そちらも…人の手の中にくるみ込めそうなほど小さな仔猫だったのが、
にぃと短く一声鳴くと、あっと言う間の早変わり。
ずんと広いめのリビングが一気に手狭になったほどもの、
真の姿を現した、黒猫のクロの方もまた。
この家の当主、島田勘兵衛の“式神”という陰体でありながら、
されど精気が足りずで眠っていたのに、
微妙な活性化にくすぐられ、こうして姿を現せるまでになったというから…

  ……という、あれやこれやの詳細は、
  既出の拙作で各々確かめていただくとして。(おいおい)

これまでは、現代の人造物だらけの環境下では、
生気も足りずで、とてもじゃないが実体化(?)出来なんだクロだったのだが。
久蔵とその相棒との暗躍や、不思議な里との行き来という格好で、
精霊の糧となる質のいい精気に恵まれた反動、
結構な邪妖も寄り付く不穏さが、彼の箍まで弾き飛ばしたようであり。
しかもここが大きな特徴。
クロ殿は久蔵らのような月夜見配下の存在ではないため、
日輪の支配する昼間でも、気配を消して自在に行動出来る身。
不用意に動くことで気配をばらまき、
結果、別口の狼を招くような弊害を一切案じずとも良くて。

 “そうは言っても、鋭敏な相手にはやはり察知されるのだが。”

それでも、頼もしき仲間が出来たも同然と解釈したらしい、
ちょっとちゃっかりさんでもあった、金の髪した大妖狩り殿。
間近におわす お仲間の力が影響するものか、
封印中の昼間日中であれ不穏な気配を拾えるようになり、
ここから遠い、都心間際の町に住む 某少年の身を案じてのこと、
やはり昼間だったにも関わらず、すっ飛んでった例もあり。
(『
彼らの事情♪』参照)
そんな鋭敏な感応が、今日もまた働いたか、

 《 シチに向けての。》
 《 気配があると?》

省略部分をクロから訊かれ、こっくりと頷く彼であり。
幼児の姿でころんちょとお昼寝中であったにもかかわらず、
その裡(うち)にて封じられていた剣豪に届いていた思念があったようで。

 《 私には聞こえないのだがな。》
 《 ずんと遠いから。》

ぼそりとそうと言い、窓の外を見やった彼なのへ、
体が大きくなっただけじゃあない、
猫なら丸みのある風貌のはずが、
キツネのように口許鼻先のとがった顔立ちの中、
切れ長の目許を心持ち細くして、

 《 ………。》

何にか感慨深げな表情を醸して見せたクロ殿。
これで何百年という蓄積を経た身ゆえ、
その内面にて思うところも、深くて広いそれであるらしく。
この大妖狩りどのの、気難しそうでその実、
驚くほど廉直な思考なのを察してのことだろう。
ややあって そのまま小さく吐息をつくと、

 《 判った、私がその所在まで乗せて行こうぞ。》

そちらは人の青年と同じ姿である久蔵が、
表情薄いお顔のまま、
自分よりずんと大きいクロを振り仰いで来たのへと、

 《 なに、七郎次様への奇禍ともなれば、
   私にも看過出来ない重要事だからの。》

自分を式神として代々引き継いで来た、
陰陽の家系、島田の家の現在の当主である勘兵衛が、
何にも増してと大事にしている、優しい連れ合い。
式神としては、主人の価値観はそのまま自身の行動動機へも、
まんま反映させるものだということくらい、
永年の使役の中ですっかりと身についた、当たり前の道理だし。
それをおいても、あの青年の精気や存在感には、

 “妖異が惹かれる何かがあるような…。”

勘兵衛が気づいているかどうかまでは確かめていないけれど、
身近へ置いたその日以降、ずっとずっと常に見守る対象として来た御主であり。
なれば自分も、手を尽くして見守らねばならぬ人。
リビングのフローリングの上へ伏せの格好でいたクロ殿。
その首を低く下げると、久蔵へ目顔で乗れと導いて。
相手がひらりと首の上へ身を移すと、
すぐにもその身を起こしつつ、宙空へと姿を溶かし込む。
誰もいなくなったリビングには、
クッションの端に乗っかっていたのだろう、
仔猫たちの遊び道具のビニールボールがコロンと転げ落ち、
てんてんてん・てててて…と、
空しく転げてから、部屋の真ん中で音もなく立ち止まったのだった。




      ◇◇◇


久蔵の感応は、どちらかというと攻勢向けに特化してもいるようで。
無邪気な仔猫の姿であるときに限らず、
何でもないものの気配ほど拾えない傾向が強い。
今も、気になる方向とやらを“あっち”と無造作に指し示した先には、
怪しい気配も紛れんばかり、
結構な人出があっての、立ったりしゃがんだり、何やら忙わしく作業中で。

 「やぐらの基礎は、ゲンさんが組むらしいから。」
 「おうさ。じゃあ俺らで資材だけ運び入れとこうや。」

連日の猛暑に夏枯れしかかった芝草の張られた広場にて。
少々 薹の立った、いかにも自営業の旦那衆といった顔触れが集まって、
軽トラックの荷台から、
使い込まれて色の褪せた材木の束や、
紅白の垂れ幕なんぞを降ろしておいで。
そうかと思えば、広場の周縁にぼつぼつと立つ木立を見上げ、
ソケットの連なる電線を張り巡らせている面々もあり。

 「提灯は新しいのを奮発するらしいから…。」
 「おお、そりゃあ豪気だな。」

それより問題は電球でな。
そろそろ白熱灯からLEDに換えどきかも知れんと、
電器屋のタメさんが言ってたんだが、
じゃあと言って今すぐ全部変えるだけの在庫は揃わんと。
なんだそりゃ、量販店で買ってもいいんだぞって尻叩いとかんか…なぞと。
この暑い中での作業は大変だろうに、
文句も出つつ、それでもどこか楽しそうに励んでおいでの皆様なのは、

 《 これはもしかして…。》

勘兵衛が七郎次を連れ出す口実にした
“盆の夏祭り”の会場となる公園ではないだろか。
神社の境内なんぞに縁日を張るのではなくの、
あくまでも花火見物のついでのような位置どりとなっている宵祭りであり、
よって、神仏の結界だの聖域だのは、
全く関わりのない代物であるようだけれど。
なればこそ、人の怨嗟や何やも紛れやすいということか。
とはいえ、こうまで現場とやらへ近づいても、
クロ殿には一向に 七郎次へ向いているという怪しい何かを拾えない。
炙られるような陽気の下、
時折吹き抜けてゆく風に、
周囲の木立や木陰から拾われた緑の青い香が乗っていて。
それがかろうじて爽やかな要素と言えるかも?
人には見つからぬ身ゆえ、
大きな総身をそんな木立の一つへと降り立たせたクロだったが。
それと同時に、背へと乗せて来た久蔵が、
軽やかな身ごなしでぽーんと飛び降りる。

 《 久蔵?》

クロが掛けた声へも反応せぬまま、梢から地上へという高さをものともせずに。
水表(みなも)へと輪を描く一粒のしずくのように、
爪先一点で大地へ触れると、そのまま横へと滑空する素早さよ。
かかとまである長裾をひるがえし、
五色七彩の小袖をたなびかせてという華やかな疾風の滑走は、
その途中で白い手へと精霊刀を召喚しており。
ぎゅうぅっと絞り込まれた攻勢の尖端が、あっと言う間に凝縮されてゆき、
それを切っ先とした銀色の閃光が、音のない稲妻のように草いきれを寸断する。

  びょうっ、という

突然のつむじ風が撒き起こったかのような音が立ち、
それへと気づいた人もあったようだが。
梢がざわざわ震えたのを見やり、
ああ風かと得心がいっての視線を戻すのへこそ、安堵混じりの苦笑をしつつ。

 《 それが、寄り代か?》

大きい身でも陰体だけに物音させぬ挙動は基本。
遅ればせながら追いついたクロ殿が訊いたのへ、
太刀を宙空へと溶かし込みつつ、
うら若き姿の大妖狩りが、金の綿毛を揺らして頷いたその足元には。

  ―― 晒し紙を縒って作ったらしき紙人形が
    青い炎に包まれて、見る見る形を失ってゆくところ。

日の高いうちだし、着いてみたればこうまで人目のある中。
生身の何かではなかろというのは、
クロ殿のみならず、久蔵の方でも察したらしかったものの。
そのような細工ものであったことにくわえて、

 《 ? これは邪妖では…。》
 《 ……。(頷)》

随分と出鱈目な作りながら、咒弊を用いた代物で。
まじないというより呪いに近い種類の怨念を凝り固め、
何物かを虜にしたかったらしい寄り代もどき。
こんなことをわざわざ構えたは、
精気の淀みから生じた物怪や陰体じゃあなく、
どうやら人の和子らしいと判り、

 《 呪いは、挫かれたなら掛けた本人へ返るのでは?》

もはやすっかり燃やし尽くされており、咒の中身はもはや判らない。
恋愛がらみや意地悪への仕返しというような、
ほんの一念、他愛ない代物ならいいけれど。
そうでないならどれほどの威力のものが戻ることやら。
よくよく知らずに手を掛けたらしい軽挙へ、
憂えるような声を出したクロ殿だったが、

 《 さてな。》

こちらは冷たいもので、
自業自得よと、素っ気なくも視線を逸らせた久蔵。
そんな彼が見つめた先、芝草の上にかすかに光る何かがあって。
問答無用と叩き切った、紙人形の中へと仕込まれていたそれらしく。

 《 ……あ。》

こうまで寄れば、持ち主の姿がクロ殿にも伝わったものの。
すべらかな頬も瑞々しいままに、
柔らかそうな緋色の口許へ愛らしい微笑みをのせたお顔は
金の髪やら色白な細おもてこそそっくりながらも、

 “七郎次様ではないと思うが…。”

ああまで麗しい姿の君が、そうそうあちこちに居るとも思えぬものの、
浮かび上がった印象の主は、もしかしたらば十代くらいの女の子のようだし。
だったならあるいは…髪を染めての化粧をほどこしのした化けようが、
たまたまあの七郎次と似たのかも知れぬ。
その愛らしさへ横恋慕した何物かの手になる、
相手への印象が焼きついた呪詛の人形だったため。

 《 久蔵殿まで惑わされた…ということか?》

人の執念とは恐ろしいなと、切れ長の双眸をやや見張ったクロ殿だったが、
人違いをしたようなものだと気づいた久蔵は、やや面白くないらしい。
外へと飛び出すのを誤魔化すため、
クロ殿経由で勘兵衛に七郎次を連れ出してもらいまでしたのに。
その結果がこれって何事?

 《 ……。》

理不尽なとでも思うたか、むむうと沈黙を頬張るばかりとなった相方へ、

 《 まあまあ、七郎次様に似た少女が奇禍に遭わずに済んだのだ。》

それで善しと致しましょうぞと、
立ち尽くす大妖狩り殿のすぐ傍らまで身を寄せれば。
そんなクロ殿の豊かな毛並みへばふりと身を投げ、
全身でぎゅうぅっと抱きつくところが、いかにも幼い拗ねっぷり。
こちらも毛並みの長い尾っぽでくるんと総身をくるみ込んでやり、
どうどうどうと宥めてやったクロ殿だったが。








  「…………あれ?」


 何だろ何なに?
 今、何かが胸元を降りたような気がしたぞ?
 微妙に喉の奥あたりがひりひりしてたの、
 すうって消えたような……?


  あれれぇ?と不思議そうに小首を傾げる少女が一人、
  お友達の家の庭先で、
  微妙な感触の訪のいに
  つと立ち止まってしまったようでございまし………







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  *もちょっと続きます。つか、ワープします。(笑)

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